鹿児島地方裁判所 平成8年(わ)287号 判決 1997年12月12日
被告人
氏名
桝田英二
年齢
昭和二六年二月二七日生
本籍
大分県大野郡三重町大字秋葉一一〇番地
住居
那覇市松山一丁目二一番八号サンハイツ松山四〇二号
職業
会社員
検察官
中尾英明
原山和高
弁護人
木山義朗(私選、平成九年(わ)第二七六号事件について主任)
中園貞宏(私選、平成九年(わ)第二七六号事件について)
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、昭和六一年に有限会社第一産業を、平成五年に株式会社第一イー・エム・アイをそれぞれ設立して両者の代表取締役に就任し、コンピューター用プリンターの電子基板の組立などの業務を行っていたが、資金繰りに苦慮していたところ、平成六年一一月ころ、知人を介して知り合った廣野峰代から、全国同和連合会会長と自称する濵畑康正らを紹介され、同人らから融資を受けたりしたものの、その後、右両社が倒産したため、平成七年五月ころから、濱畑康正が会長を務める夢工房サンコー有限会社に出入りし、「同和」の名を背景にいわゆる脱税請負や競売入札妨害などの不正行為を行っていた濵畑康正らと共に行動していたものであるが、
第一 柏木カズ子、柏木謙作、濵畑康正、高原博喜、奥薗道明及び関孝成と共謀の上、柏木カズ子がその所有する土地を売却譲渡したことに関し、右譲渡にかかる同人の所得税を免れることを企て、同人の実際の平成七年分の分離課税による長期譲渡所得金額が六二三二万六一七六円で、これに対する所得税額は一六五三万三八〇〇円であったにもかかわらず、分離長期譲渡所得の計算において、柏木カズ子が右高原に対する六二〇〇万円の保証債務を履行したがその求償が不能になったかのごとく仮装して所得を秘匿した上、平成八年三月一四日、鹿児島市易居町一番六号所在の所轄鹿児島税務署において、同税務署長に対し、分離課税による長期譲渡所得金額が三二万六一七六円で、これに対する所得税額は零円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右譲渡にかかる正規の所得税額一六五三万三八〇〇円全額を免れた。
第二 分離前の相被告人土橋由幸は、土橋文枝の長男として、その財産管理・税務申告等を委任されていた者であるところ、同被告人及び分離前の相被告人濵畑康正、同高原博喜、同御手洗光一及び同関孝成らと共謀の上、土橋文枝が、その所有する土地を売却譲渡したことに関し、右譲渡にかかる同人の所得税を免れることを企て、同人の平成七年分の実際の総合課税の所得金額が五六二四万三八九五円で、分離課税の長期譲渡所得金額が二億五七五五万九〇九〇円であったにもかかわらず、分離長期譲渡所得の計算において、土橋文枝が右高原に対する三億九〇〇〇万円の保証債務を履行したがその求償が不能になったかのごとく仮装して所得を秘匿した上、平成八年三月一五日、広島県廿日市市桜尾二丁目一番二六号所在の所轄廿日市税務署長に対し、総合課税の所得金額が五六二四万三八九五円で、分離課税の長期譲渡所得金額が一億三〇四四万〇九一〇円の損失であり、平成七年分の所得税額が二一七五万九五〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を郵送して提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額九七〇二万七二〇〇円と右申告税額との差額七五二六万七七〇〇円を免れた。
第三 濵畑康正、朝木正生及び分離前の相被告人高原博喜と共謀の上、前記有限会社第一産業及び被告人らが所有する土地及び建物につき不動産競売開始決定がなされることを予期し、偽計を用いて右土地建物の競売から入札希望者を排除することなどを企て、
一 大分県信用組合からの申し立てにより、平成七年一〇月一八日、大分地方裁判所竹田支部において被告人及び被告人の父舛田帝が所有する土地(大分県大野郡三重町大字秋葉字中原二九番一等六筆)及び建物(同町大字秋葉字中原二九番地一所在の家屋番号二九番一の居宅等三棟)につき不動産競売開始決定(同支部平成七年(ケ)第一二号事件)がなされるや、同年一二月一五日ころ、あらかじめ作成していた、前記夢工房サンコー有限会社の前身であるサンコープランニング有限会社が前記有限会社第一産業に対して平成二年七月一日に貸し付けた四〇〇〇万円と同年一二月一〇日に貸し付けた六〇〇〇万円を合算した一億円について被告人及び舛田帝を連帯保証人とする旨の平成三年四月一日付の内容虚偽の金銭消費貸借契約書一通、及び右土地建物につき賃貸人を被告人及び舛田帝、賃借人を夢工房サンコー有限会社とし、一〇年分の賃料及び敷金は右貸付金と相殺すること、賃借権の譲渡及び転貸は自由であることなどを内容とする平成六年四月三〇日付の内容虚偽の土地建物賃貸借契約書一通を大分市荷揚町七番一五号所在の大分地方裁判所執行官菅五郎宛てに郵送した上、平成八年二月二一日、右土地建物付近において、右不動産競売開始決定に基づいてその現況調査に赴いた同執行官に対し、夢工房サンコー有限会社の社員である竹原七男をして、「私は夢工房サンコー有限会社の社員で、夢工房サンコー有限会社が舛田さん親子並びに有限会社第一産業から賃借している三重町所在の不動産の管理をするために会社から派遣されて来ました。」などと申し向けさせるなどし、同執行官をして、右土地建物の現況調査報告書にその旨記載させた上、同年四月三日、大分地方裁判所竹田支部に右報告書を提出させ、もって、偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした。
二 大分県信用組合からの申し立てにより、平成七年一〇月一八日、大分地方裁判所竹田支部において前記有限会社第一産業が所有する土地(大分県大野郡三重町大字小坂字柳井瀬四一〇九番一九等四筆)及び建物(同町大字小坂字柳井瀬四一〇九番地二二及び同番地一九所在の家屋番号四一〇九番二二の倉庫等五棟)につき不動産競売開始決定(同支部平成七年(ケ)第一三号事件)がなされるや、同年一二月一五日ころ、あらかじめ作成していた、内容虚偽の前記平成三年四月一日付金銭消費貸借契約書一通、及び右土地建物につき賃貸人を有限会社第一産業、賃借人を夢工房サンコー有限会社とし、一〇年分の賃料及び敷金は右貸付金と相殺すること、賃借権の譲渡及び転貸は自由であることなどを内容とする平成六年四月三〇日付の内容虚偽の土地建物賃貸借契約書一通を前記大分地方裁判所執行官菅五郎宛てに郵送した上、平成八年二月二一日、前記土地建物付近において、右不動産競売開始決定に基づいてその現況調査に赴いた同執行官に対し、夢工房サンコー有限会社の社員である竹原七男をして、「私は夢工房サンコー有限会社の社員で、夢工房サンコー有限会社が有限会社第一産業並びに舛田さん親子から賃借している三重町所在の不動産の管理をするために会社から派遣されて来ました。現在、三重町大字秋葉に所在する舛田さん親子から借りている住宅に居住しながら本件不動産の管理をしております。」などと申し向けさせるなどし、同執行官をして、右土地建物の現況調査報告書にその旨記載させた上、同年四月三日、大分地方裁判所竹田支部に右報告書を提出させ、もって、偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした。
(証拠)
括弧内の番号は検察官請求の証拠等関係カード記載の番号を示す。ただし、併合前の大分地方裁判所平成九年(わ)第一四四号事件(当庁平成九年(わ)第二七六号事件)記録中の証拠等関係カード記載の番号についてはアの符号を付して区別する。
判示事実全部について
一 被告人の公判供述
判示冒頭の事実について
一 第二回及び第三回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官調書(乙一、二、乙ア二、三)及び警察官調書(乙ア一)
判示第一の事実について
一 第二回及び第三回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官調書(乙一ないし三)
一 柏木カズ子(甲七)、柏木謙作(甲八ないし一〇)、奥薗道明(甲一一ないし一四、ただし甲一二は抄本)、高原博喜(甲一五ないし一九、ただし甲一五、一七、一八は抄本)、関孝成(甲二〇ないし二二、ただし甲二〇は抄本)、木場英幸(甲二三、ただし抄本)、武末昌秀(甲二四)及び鬼丸義生(甲二五)の各検察官調書謄本
一 検証調書謄本(甲三ないし六)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(甲二六)及び脱税額計算書説明資料謄本(甲二七)
一 捜査報告書謄本(甲二八)
判示第二の事実について
一 被告人の検察官調書謄本(乙六、七)
一 高原博喜(甲三四ないし三七、ただし甲三七の不同意部分を除く。)、木場英幸(甲三八、三九)、御手洗光一(甲四〇ないし四四)、関孝成(甲四五、四六)、土橋由幸(甲四七ないし五二)、重川忠男(甲五三)、目良嘉明(甲五四)、塩田和則(甲五五)、坂口清孝(甲五六)、中嶋祐弘(甲五七)、河村治信(甲五八)、石原茂(甲五九)、中間伸一(甲六〇)及び高山裕三(甲六一)の各検察官調書謄本
一 検証調書謄本(甲三一ないし三三)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(甲二九)及び脱税額計算書説明資料謄本(甲三〇)
一 電話聴取書謄本(甲六二)
判示第三の一、二の各事実について
一 被告人の検察官調書(乙ア二、三)及び警察官調書(乙ア一)
一 高橋薫の検察官調書(甲ア六七)及び警察官調書(甲ア六六)
一 栗田光雄の検察官調書(甲ア六九)及び警察官調書(甲ア六八)
一 舛田帝(甲ア七〇)、菅五郎(甲ア七一)、村尾甫(甲ア七二)、首藤和生(甲ア九六、ただし不同意部分を除く。)、緒方勝治(甲ア九七)、竹原七男(甲ア九八、ただし、不同意部分を除く。)、千年原優(甲ア九九)、廣野峰代(甲ア一〇〇、ただし謄本。不同意部分を除く。)、朝木正生(甲ア一〇一、一〇二、ただしいずれも謄本。甲ア一〇一の不同意部分を除く。)及び高原博喜(甲ア一〇三ないし一〇五、一〇七、ただしいずれも謄本。甲ア一〇三ないし一〇五の不同意部分を除く。)の各検察官調書
一 穴南景司(甲ア七四、七五)、首藤節夫(甲ア七七)、堀純二(甲ア七八)、赤嶺雄二(甲ア七九、八〇)、笠村真喜子(甲ア八六)、菅野建二(甲ア八七)、工藤哲郎(甲ア八八)、原口安成(甲ア九〇)及び木場英幸(甲ア九三、九四)の各警察官調書
一 捜査報告書(甲ア一、五七、ただし甲ア一の不同意部分を除く。)
一 写真撮影報告書(甲ア五八)
一 捜査関係事項照会回答書(甲ア四)
一 捜査資料入手報告書(甲ア一二)
一 商業登記簿謄本(甲ア三一)
一 登記簿謄本(甲ア三八ないし四六、四八ないし五六)
一 電話聴取書(甲六三)
(本位的訴因を認定しなかった理由)
一 本件競売入札妨害被告事件(当庁平成九年(わ)第二七六号事件)の本位的訴因は、「被告人は、電子部品組立を行う有限会社第一産業の代表取締役であったもの、高原博喜(分離前の相被告人)は、建築工事請負等の事業を行う夢工房サンコー有限会社の取締役であったものであるが、被告人と右高原は、同会社会長濵畑康正及び朝木正生と共謀の上、右有限会社第一産業及び被告人らが所有する土地(大分県大野郡三重町大字小坂字柳井瀬四一〇九番一九等一〇筆)及び建物(同町大字小坂字柳井瀬四一〇九番二二及び同番地一九所在の家屋番号四一〇九番二二の倉庫等八棟)につき不動産競売開始決定がなされることを予期し、右土地建物につき賃貸借事実がないのにこれあるように装って、偽計を用いて右土地建物の競売から入札希望者を排除することなどを企て、大分県信用組合からの申し立てにより、平成七年一〇月一八日、大分地方裁判所竹田支部において不動産競売開始決定がなされるや、同年一二月一五日ころ、あらかじめ作成していた右土地建物に関する第一産業及び被告人らと右夢工房サンコー有限会社との間の内容虚偽の土地建物賃貸借契約書等三通を大分市荷揚町七番一五号所在大分地方裁判所執行官菅五郎に郵送した上、同八年二月二一日、右不動産競売開始決定に基づいて右土地建物の現況調査に赴いた大分地方裁判所執行官菅五郎に対し、右夢工房サンコー有限会社社員竹原七男をして、『私は夢工房サンコー有限会社の社員で、夢工房サンコー有限会社が舛田さん親子並びに有限会社第一産業から賃借している三重町所在の不動産の管理をするために会社から派遣されて来ました。』などと申し向けさせるなどし、同執行官をして、右土地建物の現況調査報告書にその旨記載させた上、同年四月三日、大分地方裁判所竹田支部に右報告書を提出させ、もって、偽計を用いて公の入札の公正を害する行為をしたものである。」というものである。
二 ところで、関係証拠を総合すると、右競売入札妨害被告事件においては、不動産競売開始決定が二つなされており(大分地方裁判所竹田支部平成七年(ケ)第一二号及び一三号、以下それぞれ「一二号事件」、「一三号事件」という。)、これら二件の不動産競売手続について被告人らが公正を害すべき行為をしたものであるところ、検察官は、被告人らの行為につき包括的に一罪が成立として、前記本位的訴因を主張し、予備的に、各競売手続ごとに一罪が成立し、両者の関係は併合罪であるとして、判示第三の一、二と同趣旨の訴因を主張した。
三 そこで検討するに、競売入札妨害罪の保護法益は、公の競売または入札の公正であり、公務の執行を妨害する罪の一つであるから、同罪は、公の競売または入札の手続ごとに一罪が成立すると解するのが相当である。
そして、本件では、被告人らは、各競売手続ごとに内容虚偽の不動産賃貸借契約書を作成しており、被告人らの犯意も二つの競売手続に向けられていると解されること、現況調査の際に執行官に対して虚偽の説明をなした点についても、本件では各競売手続ごとに目的不動産が地理的にまとまって存在しており、しかも一二号事件の目的不動産と一三号事件の目的不動産との距離が相当離れており、被告人らはそれぞれの目的不動産の所在地で執行官に応対していることなどの点を併せ考慮すると、被告人らの行為を刑法五四条一項前段にいう「一個の行為」と認めることはできず、また、右各競売妨害行為について包括的に一罪が成立すると解するのも相当でない。
四 よって、本件競売入札妨害被告事件については、各競売手続ごとに一罪が成立し、両者の関係は併合罪であると解すべきであるから、右本位的訴因を認定せず、予備的訴因を認定した。
(法令の適用)
罪条
判示第一の行為につき 刑法六〇条、六五条一項、所得税法二三八条一項
判示第二の行為につき 刑法六〇条、六五条一項、所得税法二三八条一項、二四四条
判示第三の一、二の各事実につき 刑法六〇条、九六条の三第一項
刑種の選択 いずれも懲役刑を選択
併合罪の加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重)
刑の執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人が、いわゆる脱税請負グループを組織し全国同和連合会会長を自称する濵畑康正やその配下の者及び納税義務者らと共謀して、架空保証債務を計上し、納税義務者がこれを履行するために土地を譲渡したがその求償が不能になった旨の虚偽の所得税確定申告をして、合計約九一八〇万円もの多額の所得税を免れ(判示第一及び第二の各犯行)、さらに、自己の経営する会社などが所有する不動産の競売から入札希望者を排除することなどを企て、濵畑やその配下の者らと共謀して、内容虚偽の不動産賃貸借契約書を作成するなどの偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした(判示第三の一、二の各犯行)という事案であるが、いずれも組織的、計画的犯行であって犯情は悪質である。
被告人は、報酬目当てに判示第一及び第二の各犯行に関与し、また、自己の経営する会社などが所有する不動産に対する競売において他の入札希望者を排除して濵畑らに廉価で競落してもらい、さらにこれを市価で他に売却して差額を得ようと考え、濵畑らに判示第三の一、二の各犯行を依頼したものであり、その利欲的な犯行動機に酌量の余地はない。加えて、被告人は、判示第一及び第二の各犯行において架空債務の債務者として名義を使用させて脱税の手段たる架空債務の作出にあたり重要な役割を果たしており、関与の程度も決して小さくない。また、判示第一及び第二の各犯行においては、そのほ脱額が高額であるばかりでなく、右虚偽申告の裏付け証拠を作成する目的で、内容虚偽の金銭消費貸借契約書を作成した上、起訴前の和解の手続を悪用して和解を成立させ、あらかじめ共犯者の高原に開設させておいた同人名義の銀行口座に納税義務者から金員を振込入金させて、納税義務者が右和解結果に基づいて保証債務を履行したかのごとく仮装しており、また、判示第三の一、二の各犯行においても、内容虚偽の金銭消費貸借契約書及び不動産賃貸借契約書を作成した上、これらの契約書について後に確定日付を得たり、濵畑の配下の者に目的不動産を占有させるなどしているのであって、犯行態様が巧妙かつ悪質であることなどを併せ考えると、被告人の刑事責任は重いというべきである。
しかしながら、被告人は、脱税請負グループの中では相対的に低い地位に留まっている上、判示第一及び第二の各犯行による利益を得たことは証拠上認められないこと、交通関係の罰金前科以外に犯罪歴はないこと、被告人は、相当期間身柄を拘束され、現在では本件を深く反省し、事実を素直に認め、今後は共犯者らとの関係を断ち切り、二度と過ちを犯さないことを誓っていることなど被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらの情状を総合考慮して、被告人には主文の刑を科した上、今回に限り刑の執行を猶予することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑・懲役一年六月)
(裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 牧真千子 裁判官 中桐圭一)